
中央/御嶽/乗鞍編③(9/24~9/25)
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9/24 日和田高原キャンプ場~塩沢温泉
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9/25 塩沢温泉~野麦峠~野麦峠オートキャンプ場
9月24日 日和田高原キャンプ場~塩沢温泉
台風が近づいていることもあって、朝から曇り空。昼過ぎから雨が降り始め、夜から朝にかけて台風が最も近づくとのこと。台風の中、テントで夜を過ごすのは気が引けたので(私のテントの底には無数の穴が開いてる)、15kmほど離れた塩沢温泉の宿に泊まり、翌日乗鞍岳へと向かうことにしました。
目的地も決まり、早速出発しようと荷物をまとめていると、向かいのコテージに宿泊されていた御三方が散歩に出てこられました。しばしお話をしていると、中でスープでも飲まないかとご親切にも誘ってくださいました。旅は道連れ、図々しくも朝食をご一緒させていただくことに。
散歩から戻って来られたみなさんとコテージに入ると、部屋の中にはご飯のいい香りが充満していました。「スープでも」というお話でしたが、うどんやら炊き込みご飯やら、お母さんの作ったご飯を次々に出してくださり、遠慮なくお腹いっぱいいただきました。
テーブルのカセットコンロの上でぐつぐつ音をたてるうどん、ほかほかのご飯、部屋中にたち込めるあたたかな湯気…。思えば出発以来、こうした家庭的な雰囲気でご飯を食べることなど一度もなかったので、心まで温まるようなお食事でした。


美味しいご飯を頂き、さらに最後にはパンやトマト、お餅まで持たせてくれました。
親切に接していただいたことで、改めて多くの人に支えられて自分は生きているのだと実感。私自身も今後旅人に出会うことがあれば、いや、誰に対しても、できる限り親切丁寧に接しようと思ったのでした。(なかなかできないのだけれど。)
今にも雨が降りそうな重く暗い空の下、塩沢温泉を目指して出発。道中、「ランナー注意」の看板を発見。日和田高原は高地トレーニングのために訪れるアスリートも多いようで、高橋尚子さんもトレーニングしていたとか。
川に沿っててくてく進み、なんとか雨が降り出す前に岐阜県高根の塩沢温泉に到着。
昼食を済ませ、高根の集落を散策。そして役場に立ち寄り、登山道の状況を聞くことに。ここから10kmほどのところにある阿多野の登山口から乗鞍へ登る予定にしていたのですが、話によるとこのルートはもう何年も整備されておらず、歩けるかどうかわからないとのこと…。
そうは言われても、このルートを諦めるとなると、一番近い登山口でも約60km先。ぐるっと乗鞍岳の東側、乗鞍高原まで迂回しなければなりません。60kmて!いくら登山道が荒れているとはいえ、60kmも迂回するなんて考えたくもない!予定通り阿多野からのルートで行こう、そう心に決めて役場を後にしました。
昼過ぎに宿に入りひと休み。ぽつぽつと雨も降りだしました。
昼からのんびりお風呂に入り羽を伸ばします。雨で外に出るのも億劫なのでずっと部屋でゴロゴロ。昼から風呂に入れて快適は快適なのだが、全然楽しくない。晩も朝も美味しいお宿のご飯を食べられるし良いのだけれど、やっぱり楽しくはない。
穴の開いたテントで過ごすのが嫌で、”快適”を求めて宿に泊まったものの楽しさは半減。このとき、「楽しい不便」というどこかで読んだ言葉がふと頭をよぎりました。ちょっとぐらい不便で面倒な方が、楽しい。「楽」と「楽しい」は別物のようでございます。
家で寝ればいいのに、”わざわざ”外でテントを張る。
車で行けばいいのに、”わざわざ”歩く。
買えばいいのに、”わざわざ”自分で作る。
捨てればいいのに、”わざわざ”自分で靴下の穴を繕う。
そんな「わざわざ」の中に、「楽しい」が隠れているような気がしました。面倒くさがらなければ、いろいろ知識が身についたり人との繋がりも増えそうだな。
宿のロビーで「ああ野麦峠」の絵本を発見。恥ずかしながらここで絵本を読むまで、野麦峠の名前は知っていましたが、どんな場所なのかは全く知りませんでした。飛騨から野麦峠を越えて諏訪湖の方まで出て行った女性たちの苦労を知り、ぬくぬくと暮らす自分が恥ずかしくなりました。
宿でのんびり過ごし、翌日晴れてくれることを祈りながら、就寝。
9月25日 塩沢温泉~野麦峠~野麦峠オートキャンプ場
台風による雨は夜が明けても降り止まず、朝のニュースでは大雨で浸水した名古屋の地下鉄の映像が繰り返し流れていました。私がいた岐阜県高根は決してそのような大雨ではありませんでしたが、それでも前日からしとしとと途切れることなく降り続いていました。
阿多野の登山口はすぐ近くなので、のんびり11時にチェックアウトのため受付へ。
受付でこれからのルートの話をすると、前日に役場でも言われたように阿多野のルートはかなり荒れていること、さらに最近その付近で熊の目撃が続いていることを告げられました。「いや、でも...」と私がぐずぐずしていると、受付の方が親切にも登山口近くのいくつかの施設に電話を掛けて状況を聞いてくれました。
そして改めて、ルートを変更するべきだと言われたのでした。
阿多野ルートで行けないとなると、次の選択肢は60km先の乗鞍高原の登山口。できることなら迂回は避けたかったのですが、ここまで現地の方々がダメだと言うのなら素直に忠告に従うべきだろうと思い、乗鞍高原を目指すことに…。受付のおっちゃんから立派な梨の差し入れを頂き、雨の中歩き出しました。…ああ、またアスファルトだ…。


黙々と歩みを進め、阿多野、野麦の集落を越えて旧野麦街道に入ります。
まさか前日に宿の絵本で読んだ野麦街道を歩くことになるとは。野麦街道は富山から江戸へと続く江戸街道の一部で、古くからこの地を支えてきた重要な道だったそうです。旧野麦街道のハイキングコースで久しぶりに土を踏み少し心が癒される...。
なんでまた60kmも歩かなきゃならんのだと、初めはちょっとふてくされていましたが、歩いているうちに次第に気分は晴れ(空は相変わらずの雨模様でしたが)、いつしか予想外のルート変更を楽しんでいる自分に気が付きました。予定通りいっていたら野麦街道を歩くこともなかったわけだし、予期せぬ変更が運んできてくれる出会いや運命にワクワクしていたのかもしれません。
長いつづら折りの坂を登りきって野麦峠に到着。
「ああ野麦峠」の女性たちも岡谷などの製糸工場へ働きに出るため同じ道を歩いていたんだと感慨にふけりながらも、霧に包まれた峠をビュンビュンと抜けていく冷たい風に、何とも言えない恐怖感を覚えました。この峠で命を落とした女性の物語を読んだばかりだからでしょうか、早く進まなければと妙に気持ちが急いていました。
あるいは、人の命を奪いかねない自然の力や大きさを、肌が感じ取っていたのかもしれません。
17時ごろキャンプ場を目指して野麦峠から再出発。薄暗くなってきた森を急ぎ足で抜け、18時半ごろキャンプ場に着いたころにはあたりも真っ暗。明るいうちにたどり着けるか内心ひやひやしていたので一安心。
無事到着して安心したのも束の間、キャンプ場入口に「熊注意」の看板が。最近このキャンプ場内でも目撃されたとのこと。今年はドングリなど熊の食料になるものが少なかったために、熊が下までやってきていたようです。びくびくしながら、就寝。
それにしても、なんであんなにも夕方の森って怖いのだろう。
昼間は怖くもなんともないのに、薄暗くなってくるとひんやりとした風や枝葉のたてる音、鳥の鳴き声などなど、森の全てが怖く感じられ、「もう人間がここにいていい時間じゃないぞ」と、追い立てられるような気持ちになるのです。
まるで、昼間は人間の側にあった「主導権」のようなものが、全て「森の側」に移ってしまったかのような感覚。あるいは、一瞬でも「主導権」が人間の側にあると勘違いしてしまった傲慢さを戒められるような感覚。人間に主導権があるなんて、思い上がりも甚だしいですね。
今日も熊に遭うことなく、無事に終われて良かった。熊さんありがとう。お邪魔しました。

